より良き教育を求めて ちからのブログ

30年の高校教師の経験から学校・教師・教育について考える

北国街道 柏崎~鯨波を歩く

 芭蕉は元禄2年7月5日(新暦1689年8月19日)に出雲崎を発ち、柏崎の天屋弥惣兵衛に宿泊する予定であったが、面白くないことがあって天屋に泊るのを止めて先に進み、鉢崎の「たわらや」に宿泊した。

 「曾良旅日記」には5日のことが、次のように書かれている。

五日 朝迄雨降ル。辰ノ上刻止。出雲崎ヲ立。間モナク雨降ル。至柏崎、天や弥惣兵衛ヘ弥三良状届、宿ナド云付ルトイヘドモ、不快シテ出ヅ。道迄両度人走テ止、不止シテ出。小雨折々降ル。申ノ下尅、至鉢崎、宿たわらや六郎兵衛。

 このブログの昨年の4月1日の記事に米山三里を歩いたことを書いたが、今回は椎谷のことに少し触れて、柏崎~鯨波を書いてみたい。
 芭蕉の5日の行程は、出雲崎→石地→椎谷→宮川→荒浜→悪田川(渡船)→柏崎→鯨波→米山三里→鉢崎である。
 椎谷の位置を地図で示す。

 椎谷は出雲崎から柏崎への途中にある。現在国道352は椎谷観音堂のところはトンネルになっている。海沿いの旧道は出雲崎方面からは通行止めになっていて通れないが、柏崎方面からは観音堂まで車で行くことができる。椎谷観音堂では先月38年ぶりの御開帳があった。それについては「ちからのブログ雪国十日町から」の記事をご覧いただきたい。
 次の写真は観音堂付近から柏崎方面を撮ったものである。

 奥に見えるのは米山である。中央の左に見えるのが柏崎刈羽原発であるが、その手前が小高い丘になっている。そこは現在松林になっているが、元禄時代には標高70mを越す大砂丘だった。

 柏崎刈羽原発は地図で分かるように、荒浜に建設されている。

 さてここから、柏崎~鯨波に話を進める。
 私は鯖石川改修記念公園に車を止め、安政橋から歩き始めた。(私の歩いたところを赤い点線で示した。)

 安政橋は名前の通り安政年間に鯖石川(悪田川)に架けられた橋で、芭蕉奥の細道の旅で通ったころは船で渡った。下の写真は現在の安政橋である。(番号は上の地図の場所で写真を撮ったことを表す。)

 その橋のたもとに石碑が立っている。

 これは柏崎の民謡、盆踊り唄の「三階節」の一節である。荒浜は前記の通り柏崎刈羽原発の建設さているところである。荒砂も恐らくその辺りを指すものと思われる。椎谷から柏崎までは相当な悪路だったようである。
 次の➁の写真は橋を渡ったところで撮ったものである。

 今は椎谷から柏崎まで快適な国道352になっていて、昔の苦労は想像できなくなっている。
 安政橋からの続きは、次の地図の通りである。

 安政橋から真っすぐに南に下り、東本町の交差点で左折する。すると右側に閻魔堂ある。現在の建物は1896年に、柏崎の名棟梁・四代目篠田宗吉が建てたものという。

 旧北国街道は今も柏崎の中心になっている。次の写真はその通りを撮ったものである。

 通りはきれいだが、人通りはあまりない。
 次は石井神社である。

 石井神社の西隣に天屋跡の標識がある。

 芭蕉の宿泊を断った天屋弥惣兵衛は、市川家8代目市川弥惣兵衛(大庄屋、元禄10年に43歳で歿)。市川家19代与一郎の父は旅館をしていたが、明治末十年間に2回の大火に合い旅館を廃業。与一郎は北海道小樽にわたり昭和20年に歿。今日この名家も全く柏崎から消えている。
 次の写真は立地蔵である。

 立地蔵と呼ばれているが、向かって左に日光菩薩、右に月光菩薩を脇侍とする薬師三尊像である。以前は北国街道の道の真ん中に立っていたが、明治11年(1896年)の明治天皇北陸御巡幸の際に現在の地に遷座された。
 次はねまり地蔵である。

 ねまり地蔵とは延命地蔵菩薩のことで、古くは北国街道の道の真ん中に立っていたが、明治天皇北陸御巡幸の際に近くの桜屋(元柏崎週報社)の庭に移され、明治33年(1900年)に現在の地に遷座された。芭蕉は立地蔵、ねまり地蔵を見ているのだろうか。
 ねまり地蔵の近くに次の説明看板があった。

 私が歩いてきたメイン通りの両脇には、昔の名前を残す小路があるようだ。
 次は八坂神社である。全国の八坂神社は、全て京都市東山祇園町の八坂神社を本社とし、各地に勧請したものらしい。

 現在は八坂神社から鵜川に橋が架かっているが、ここには元禄の頃は橋がなかったようである。八坂神社から右折する。

 八坂神社から少し下ると鵜川橋がある。(国道8にも鵜川橋があるようだが、その橋ではない。)

 橋を渡り少し上ると、柏崎陣屋、県庁跡がある。

 陣屋には明治になると柏崎県庁が置かれたが、柏崎県は明治6年6月に新潟県に統合された。
 次は良寛の弟子・貞心尼が剃髪した寺の跡。

 説明看板は相当設置されていて、ここにも説明看板が設置されてはいるが、ご覧のように読めないところもある。看板が設置されていても読めなくては役に立たない。定期的に新しくしてほしいものである。
 次は番神堂である。

 番神堂のすぐ北側下に突き出た番神岬は、佐渡配流を赦された日蓮上人が、佐渡を出て寺泊へ向かう途中暴風雨に遭い、流されて着岸したところ。
 信越本線鯨波駅の横の道を歩く。

 トンネルを通って線路の反対側の道に行く。しばらく進むと道は国道8と合流する。
 次の写真は合流する手前から、米山方面を撮ったものである。

 この先は米山三里に続いていく。続きは昨年の4月1日の記事をご覧いただきたい。

 私はこの記事を書くにあたり、3回柏崎を歩いた。1回目は安政橋から八坂神社まで。2回目は友人と二人で、車を1台は鯖石川改修記念公園に、もう1台を港公園に止めて安政橋から鯨波駅まで。3回目は椎谷観音堂の御開帳に行った後、御野立公園(鯨波駅の近く)から国道8との合流地点まで歩いた。一人で車で行って、今回紹介した安政橋から国道8との合流地点まで歩くとなると、往復しなければならないから、相当な距離になる。1日では大変である。
 天屋跡の標識は民家の駐車スペースにあり、2回目に訪れた時には、ゴールデンウィーク中だったこともあり、若いご主人がバーベキューの用意をしていた。時が流れ、街の姿は変わっても、歴史ある街を歩くことは実に楽しい。現在の街並みと芭蕉曾良の姿をオーバーラップして歩くと、感銘は一層深まる。気持ちの通じ合う友人と二人で歩くと、さらに楽しい。リュックを背負い、地図を手に持って歩くオジサンの姿は、何をしているのかと不思議に見えるかもしれないが、来年は上越の方を歩いてみたいと思う。

漢字の正しい採点を広めるために必要なこと

 日本漢字学会が、2021年3月~4月に実施した「漢字の書き方の指導についてのア

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ンケート集計」(日本漢字学会のホームページからダウンロードできる)と、集計結果に基づく座談会の記事「どうする?漢字の〇と✖」(日本漢字学会の機関誌『漢字之窓』第5号に掲載)から、漢字の正しい採点を広めるためには何が必要か考えてみたい。なお座談会の出席者は司会者を除いて小学校教員3人、中学・高校教員各1人の計5人である。

 まずアンケートのQ1は「テストの漢字問題で以下のような形(濃い線の部分)で書かれた解答があった場合、どのように採点しますか?またそう判断する根拠など、コメントがあればお書きください。」で、結果は次の通りである。

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 漢字の採点の選択肢に「減点」はいらない。小学校の低学年では「減点」して注意することもあり得るかもしれないが、それは漢字の指導法であって、漢字の書き取りテストでは〇と✖しかない。
 私が採点すればA✖、B✖、C〇、D〇、E✖、F〇、G〇、H〇、I〇、J✖、K✖、L〇である。以下その理由を述べる。
 Aは「常用漢字表の字体・字形に関する指針」(以下、指針)のQ44に「「士」と「土」は、単独で用いられるときには、横画の長短がしっかり書き分けられますが、「喜」、「仕」、「寺」、「荘」など、漢字の一部になっているものについては、「士」と「土」が入れ替わったような形で書かれることがあります。そのような習慣を持つ漢字については、別の漢字に見間違えられることがないので、誤りであるとまで断じることはできないでしょう。」とある。したがって指針に当てはめれば〇になる。だが指針の第2章・4・(1)・オ・※1に「構成要素として「士」と「土」について、横画の長短が問題にされないのは、漢字の右部や上部の狭い部分にはまるような場合が多い。「士」と「土」と同様に、横画の長短が字体の判別に関わるものに「末」と「未」があるが、構成要素としての「末」と「未」は、音符(漢字の音を表す部分)となっているケースが多いことなどのため、長短が入れ替わるように書かれることが少ない。」とあり、「長短が入れ替わるように書かれることが少ない」を「長短を入れ替わるように書いたら✖」と考えると、「仕」も「士」が音符になっている漢字(形声文字)であるから、「末」と「未」の基準を準用して✖にするべきである。この「仕」についてだけは指針の基準に従うことはできない。指針は論理が一貫していない。指針はQ44の「仕」を削除するべきである。詳しくは私(丸山力)のホームページ「漢字の採点基準」の「正しく採点するために1」をご覧いただきたい。
 Bは迷うが✖にする。私が判断に少し迷ったのはBだけである。指針の第2章・4・(2)・イ「右から左にはらって書くことも、横画として左から右に書くこともあるもの」には、

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「禾」(のぎへん)は例示されていないし、「千」と「干」のように右から左にはらって書くか、横画として左から右に書くかで別の字になる場合もある。それになにより「のぎへん」と呼ぶのは「ノ」と「木」と書くことからつけられた名称なので、「ノ」が逆向きになっては「のぎへん」とは言えないことから✖にする。
 右上に示した「就活応援新聞」という字の「新」をご覧いただきたい。これは新潟日報に載っていたものであるが、実に奇妙な字である。旁の上部を右から左にはらって書かずに、横画として左から右に書いている。こんな字を書く人もいるのである。
 Cを✖にする教員がいることには呆れてしまう。指針の第2章・4・(1)・アに下の横画を長く書いてもよいということが例示されているし、そう書いた方がむしろきれいな字にもなる。活字ばかり見ているので、漢字に対する美意識が変わってしまった。日ごろ書道字典などをじっくり見て、美意識を磨いておきたいものである。私のホームページの「正しく採点するために1」をご覧いただきたい。
 Dを✖にする教員がいることにも呆れてしまう。どうなっているのだろう。何も勉強していないというほかはない。常用漢字表の(付)字体についての解説・第1・2・(4)交わるか、交わらないかに関する例 に2画目と3画目が交わるか交わらないかは活字のデザイン差で字体の違いと考えなくてもよいと述べられているし、指針の第2章・4・(6)・ア・◇にも例として挙げられている。ちょっと先が突き出るか出ないかなど、どうして気になるのだろう。不思議である。
 Eは指針の第2章・3・(1)・ウに例示されている。Eのように書くと5画になってしまうが、「比」は4画である。私も教員になる前はEのように5画に書いていた。書道字典に載っている字も5画に書いているものが多い。だからもちろん書道ではEのように書いてもいいが、書き取りでは〇とすることはできない。漢検でも✖になる。
 Fは常用漢字表の(付)字体について解説・第2・2・(6)に例示されている。Fについては、新元号の発表以来、「マ」の最後を縦棒にする形が急激に広がった、と座談会で話している教員がいた。「令」についてはこのブログの「元号「令和」・・その示された字形について」(2019.4.6)に書いているのでご覧いただきたい。
 Gは指針の第2章・4・(3)・ウに例示されている。
 Hは「口」の部分が小さいということなのだろうか。小さくても「保」と分かるのだから何の問題もない。「口」の大きさに基準を設けることなどできない。その理由は私のホームページ「漢字の採点基準」の「正しく採点するために2」をご覧いただきたい。
 Iは理由を書くまでもない。この字を✖にする教員がいることは、呆れが宙返りをするし、呆れが礼に来る。
 Jについて、座談会で「「画数が違うと✖にする」という意見がたいへん多いですが、私は、画数が違ってもだいたいの形が合っていれば〇にしています」と言う教員がいた。驚きである。そうなら「果」を「田」と「木」と書いても〇にするのだろうか。「棄」の真ん中の縦画を一本に続けて書いても〇にするのだろうか。これは画数が違うようになるばかりでなく、字体が違うと考えなければならない。こんなことにさえ教員の間に共通認識が形成されていない。
 Kについては、「様」の右下の部分は「氺」(したみず)であって「水」ではない。「氺」は「水」の変形したものであるというが、〇にはできない。「様」の旧字体は「樣」で、書道字典を見ると「永」の部分を「水」に書いている字もある。書道ではそう書いてもいいが、書き取りでは認められない。
 Lは何の問題もない。
 以上が私が初めに示したように採点した理由である。残念なのは日本漢字学会が学会としてはこう考えているという採点を示していないことである。私と同じように採点結果を明示し、その根拠・理由を述べれば規範を示せるはずである。これほど教員の採点にはばらつきがあり、教員個々で正誤基準に違いがあるのだから、学会が規範を示していくことが極めて重要である。事あるごとに根拠・理由を明記して規範を示しいくことで、それが教員の目に留まれば、少しずつでも教員の意識を変えていくことにつながるはずである。そういう役割を果たすことが、日本漢字学会の大きな使命の一つであろう。

 さて、正しい採点を広めていくためには何が必要かということであるが、何より教員に「常用漢字表の字体・字形に関する指針」を勉強してもらうことである。

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 左の図はこの前のブログにも載せたが、指針の認知度である。指針を「きちんと読んで、内容を理解している」と答えた教員は小中高全体で5.5%にすぎない。小学校の教員ではそれが4.4%である。座談会では小学校教員の櫻澤氏が「私の実感では、小学校で「内容を理解している」と答えた人が4.4%というのは、かなり高いですよ。このアンケートは、この問題に関心のある先生の回答の割合が高いんじゃないかな。もっと大規模な調査をすると1%以下なんじゃないでしょうか」と言うと、これまた小学校教員の毛利田氏が「私の勤務校でも、「指針」を知っている先生はほとんどいらっしゃらないという印象です」と答えている。確かにこういうアンケートに答えるような教員は、漢字の採点という問題に関心のある教員が多いと思われる。それでこの結果なのだから、指針はほとんど読まれていないし、内容は理解されていないということになるのだろう。指針を出してもこれではどうにもならない。
 中学校教員の小金澤氏が「「きちんと読んで、内容を理解している」が5.5%、「それなりに理解している」が34.1%。温度差はあるんでしょうが、思った以上に知られていないな、という感じを受けました」と言うと、小学校教員の志賀氏が「小学校での認知度が低いのは当然かな、と私は思うんです。中学校・高校の先生は教科専門ですが、小学校の場合は全教科を教えますから……」と言い、続いて櫻澤氏が「同感です。中学校も高校も同じでしょうけど、トイレに行くひまもないんですよ。「指針」を本気で読もうとしたら、一日では読めないですよね。とてもじゃないけど、そんな時間は取れないです」と言う。(「きちんと読んで、内容を理解している」と答えた教員は、小学校4.4%、中学校4.0%、高校11.9%で、全体で5.5%である。)小学校の教員が忙しいことは分かるとしても、特に小学校低学年において漢字教育は非常に大きな位置を占めているのであるから、忙しいということ理由に、「指針」を読めないことの言い訳にするのは承知できない。帰宅してから深夜になっても、あるいは休日にでも、とことん読むべきだろう。
 しかし批判してばかりいてもしかたないから、指針を教員にも児童生徒にも理解してもらうための方策を考えなければならない。一つは小金澤氏の言うように「漢字をコラム的な扱いではなくて、より体系的な学習が可能になるように、単元化すること」だろう。各学年の教科書に、漢字の成り立ちや漢字がどんな用具で何に書かれてきたか、そしてどのように字体・書体が変化し現在の字形になったのかなどを具体的に示しながら、指針の考えを分かりやすく単元化した文章を載せ、それを必ず授業で取り上げさせるのである。そうすればいやでも教員も指針を学ばなければならなくなるし、児童生徒に指針の考えを教えなければならなくなる。これは素晴らしいアイデアである。ぜひ実現してほしいものである。
 それからもう一つ、それはこの前のブログにも書いたが、文部科学省都道府県の教育委員会が協力して、全国津々浦々で徹底して漢字の研修会を開くことである。小学校教員と中高の国語の教員に対しては詳しい内容の研修会を、それ以外の教員には大まかな内容の研修会を開催し、できれば一般の人たちにも啓発的な内容の研修会を開催するのである。これもぜひ実現してほしい。
 なぜ研修会が必要かといえば、指針をきちんと読んでいる教員が極めて少ないということが一番の理由であるが、指針を読んでいる教員でもその内容を正しく理解していないことがあるからである。前記のQ1のJについて、繰り返しになるが櫻澤氏は「J「様」の右側、縦画が貫かない形、〇が9.2%に対して80%近くが✖で、たいへん評判が悪いですね。記述部分(そう判断する根拠)を見ると、「画数が違うと✖にする」という意見がたいへん多いですが、私は、画数が違ってもだいたいの形が合っていれば〇にしています」と言っている。このJは単に画数が違うと考えるのではなく、字体が違うと考えなければならない字形である。

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指針の考えは、字形の違いが字体の違いにまで及ばないければ誤りとしないということで、だいたいの形が合っていれば〇にするということではない。もしJの縦画が離れているような「様」を〇にすれば、これも前述したが「果」を「田」と「木」と書いても〇になるし、「棄」の真ん中の縦画を一本に続けて書いても〇になる。それだけではなく「落」なら「さんずい」を大きく書いても、「達」の下の横画を二本で書いても、だいたいの形は合っているし、他の漢字と紛れることもないから〇にしなければならなくなる。こうなったら収拾がつかなくなってしまう。
 また小金澤氏は「G「保」は〇✖が拮抗していますよね。文化庁の「字体・字形に関する指針」では、どちらも許容の範囲だと明記されています」と言っているし、志賀氏も「「令」については、私は場によって使い分けている感じがします。「きちんと形を整えて書くことが大事だと指導した上で、許容範囲として〇を(ここは「〇を」ではなく「〇に」か)する」みたいなコメントがたくさんありましたが、私もそれを大事にしますね」と言っている。(小金澤氏、志賀氏だけでなく座談会に参加した他の教員の方も「許容範囲」という言葉を使っている。)小金澤氏はGの「保」を許容の範囲と言っている。(小金澤氏は「どちらも」と言っているが、右下部を「ホ」と書いたGの字のことを言っていると思われる。)志賀氏もFの「マ」と書いた「令」を許容範囲の字と言っている(と思われる)。そうすると「保」は右下部を「木」と書いたのが本来の正しい字で、「ホ」と書いた字は許容範囲の字、「令」は下部を縦棒で書いた字が本来の正しい字(きちんと整った形の字)で、「マ」と書いた字は許容範囲の字ということになる。許容範囲の字と言ってしまうと、どうしても本来の正しい形の字があり、それより一段劣るけれどまぁその形も認めましょう、という意味合いが含まれてしまい、できるなら本来の正しい形の字を書かせようということになってしまう。しかし右下部を「ホ」と書いた「保」も、下部を「マ」と書いた「令」も、右下部を「木」と書いた「保」、下部を縦棒で書いた「令」と全く同等に正しい形の字である。そこに優劣の差はない。小金澤氏は「文化庁の「字体・字形に関する指針」では、どちらも許容の範囲だと明記されています」と言っているが、指針には「許容」という表現は全く使われていない。指針の第3章のQ24には「常用漢字表は手書きの文字について、「標準」と「許容」という考え方を採用していません。それは、歴史的に様々な字形が用いられてきたことに配慮しているからです」と明記されている。例えば「保」は活字(印刷文字)では右下部が「木」になっているが、歴史的にはほとんど「ホ」と書かれてきた。右下部が「木」の「保」は活字の字形であって、活字のデザインにすぎない。右下部を「木」と書くことも、「ホ」と書くことも、どちらも同等に正しいのである。漢字の指導、漢字の採点においては、「許容」とか「許容範囲」という言葉は絶対に使ってはならない。こういう指針の考えが正しく理解されていないからこそ、研修会が必要となる。
 さらにもう一つ実施してもらいたいことがある。それは各都道府県教育委員会が高校入試の漢字の採点は「常用漢字表の字体・字形に関する指針」に沿って実施されていることを、各中学校に通知するとともに、新聞にも公表することである。座談会で櫻澤氏が「「指針」を教育現場に下ろすための何かもうワンクッションが必要だろうと思います。都道府県によっては、入試の漢字の適否は「指針」に沿った形にする、という方針が示されていると聞きます。「入試や漢検ではとめ・はね・はらいまでは問わないよ」ということをみんなが知ると、状況が変わるんじゃないでしょうか」と話しているが、すばらしい考えである。指針の第3章・Q27には「不特定多数の人が受験する入学試験や採用試験については、何らかの理由により、正誤に関して特別な判断基準を必要とし、かつ、あらかじめ採点の基準を詳細に公開できるような場合を除いて、常用漢字表の「字体についての解説」及び当指針の考え方に沿った評価が行われることを期待します」とあり、漢検は既に「字体についての解説」及び指針の考えに沿った採点をすることを公開している。大学入試についても平成22年(2010年)に常用漢字表が告示されると、各国公立私立大学長・独立行政法人大学入試センター理事長に文部科学大臣政務官通知が発出されて、「字体についての解説」及び指針の考えに沿った採点が行われている。高校入試においても漢字の採点基準は、当然常用漢字表の「字体についての解説」及び指針なのだが、それを小中の教員だけでなく、採点をする側の高校の教員の中にも知らない者がいる。日本漢字学会が実施したアンケートでも、入試での採点基準が分からないので、漢字の細部にこだわった指導をせざるを得ないという意見がいくつかあった。生徒が入試で不利にならないように、という教員の心理が誤った漢字指導につながっているのである。常用漢字表の「字体についての解説」及び「常用漢字表の字体・字形に関する指針」の考え方に沿って漢字の採点をするという通知をすることも、新聞に公開することも簡単なことである。ぜひ実行してもらいたい。

なぜ細部にこだわる漢字指導がなくならないのか

 朝日新聞EduAで、今月の14日、15日、16日と三日連続して、漢字教育について専門家に意見を聞いた記事が配信された。

 14日の記事では阿辻哲次氏(日本漢字学会長、京都大学名誉教授)が次のように考えを述べている。
 「辞書や教科書に印刷されている通りに書くのが正しい」という意識が最大の問題だと思います。辞書や教科書では、木偏は縦棒の下端をはねずにとめる、手偏の縦棒はとめずにはねる形で印刷されています。しかし、はねるかとめるかで別の漢字になるわけではありません。文化庁が2016年に出した「常用漢字表の字体・字形に関する指針」でも、漢字には様々な字形があり、細かな「とめ・はね・はらい」を気にする必要はないと明記されています。印刷の文字と手書きは全く違うのです。それなのに、学校では多くの先生が、はねた木偏やとめた手偏をバツにしてしまう。これが漢字嫌いの子どもを増やす大きな原因になっています。文化庁の指針は、漢字研究者にとっては"常識"です。それが学校現場に浸透していないのは、先生たちが忙しすぎるからではないでしょうか。特に全教科を教える小学校の先生は、特定の教科について深く勉強する時間はなかなか取れないのが実情です。塾の指導も影響しています。大学入試や高校入試で詳しい採点基準が公表されることはほとんどないため、減点を避けようと、「教科書に印刷された字形の通りに書くように」と厳しい指導が繰り広げられています。
 阿辻氏は、はねた木偏やとめた手偏をバツにするのは誤りだと断言しているし、そのことは漢字研究者にとっては"常識"とまで言い切っている。

 また15日の記事では冨安慎吾氏(島根大学准教授)が次のように考えを述べている。
 小中学校の国語の中では、漢字の学習が「書写」と「コミュニケーション手段」に分裂しているところがあります。書写の学習では丁寧に書くという点から「とめ・はね・はらい」が重視されますが、書写以外では、指針の通り、他の字と区別がつくならば、「とめ・はね・はらい」を気にしすぎる必要はありません。しかし、ほとんどの小学校ではどちらも同じ先生が教えるので、書写とそれ以外で指導を変えると一貫性を欠くことになるのが難しい点です。小学校は文字を習得する最初の段階なので、「とめ・はね・はらい」をいい加減にしたくないという先生が多いことも影響しているように思います。
 冨安氏も、書写以外では他の字と区別がつくならば、「とめ・はね・はらい」を気にしすぎる必要はないと述べている。しかし、小学校では同じ先生が教えるので、書写とそれ以外で指導を変えると一貫性を欠くことになるのが難しい点であるとも述べている。その通りだと思うが、小学校の先生はそれくらい教え方を工夫することができないのだろうか。書写の時は「手本をよく見て、木偏の縦棒はとめて書こうね」、それ以外の時は「書写の時には木偏の縦棒をとめて書こうねと言ったけど、普段は気にしなくていいよ」といって教えればいいと思うのだが。そもそも木や木偏の縦棒をとめて書くと、整ったきれいな字になるわけではない。それは書道字典に載っている字を見れば分かる。名筆と呼ばれる字を見ても、木や木偏の縦棒をはねて書いている方が多いのである。教員は書写で毛筆を教えるようになったら、手本の他に、書道字典に載っているいろいろな字を子どもたちに見せてほしいものである。

 16日の記事では、棚橋尚子(奈良教育大学教授)が次のように述べている。
 漢字には様々な字形があり、細かな「とめ・はね・はらい」を気にする必要はないということは、2016年に文化庁が出した「常用漢字表の字体・字形に関する指針」で示されています。このことは、教育現場ではあまり知らていないようです。日本漢字学会が昨年、小・中学校、高校などの教師587人に聞いた調査では、指針について内容を理解しているのは4割ほどで、存在を知らないという人も2割いました(図1)。 

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思ったよりも知られていないという印象です。多くの先生にとって、指針はご自身の仕事とかけ離れたところにあるという認識なのかもしれません。先生たちはみんな、自分の中に理想の教育の姿を持っています。だからこそ外野の意見を受け付けないところもある。漢字学会には「学校の先生の厳しい指導が漢字嫌いを助長している」と憤っている研究者も少なくありませんが、現場の先生からすれば、ただ子どもたちに漢字の力をつけたいという善意からやっていることだと考えます。ベテランの先生ほど長年慣れた指導から脱却できないということもあるかもしれません。私は小・中学校で教えた経験もあるので、どちらの立場も理解できます。
 棚橋氏は、指針について内容を理解しているのは4割ほどと述べているが、きちんと読んで、内容を理解していると答えた教員はたったの5.5%にすぎない。驚くほど少数である。私は元高校の教員であるが、大村はまの本を読み、当時と今の学校を比べてみると、今の学校では教員が研究するという文化がほぼ失われてしまったと感じていた。教員に研究するという文化が失われると、物事を考えなくなってしまう。研究しようという気持ちがあれば、自分の教えていることにいつも疑問を持ち、絶えずアンテナを張り、知らなかったことや新しい考えが示されたなら、飛びつき貪るように学ぶはずである。「常用漢字表の字体・字形に関する指針」が出された時、各新聞社が一斉に取り上げ、話題にもなった。それなのにこの状況では呆れるばかりである。
 しかし、批判するばかりでは何も改善されない。文部科学省都道府県教育委員会は指針の周知に全力を挙げ、コロナの感染が収まったなら、どんどん講習会を開くべきである。日本漢字学会が実施した調査には、「定期テストにて国語で正答としている形を他教科で誤答とし、保護者よりクレームが入った。保護者は文化審議会の資料を根拠に正答であることを主張し、結果、教科担当は採点の訂正を行った」という中学校教員の回答が載っていた。こういうこともあるので、小学校の教員、中学・高校の国語科の教員については講習会で詳しい説明が必要なのは言うまでもないが、他教科の教員にも講習会を開いて簡単な説明でもいいからする必要がある。(日本漢字学会の調査結果は、日本漢字学会のホームページからダウンロードすることができる。)もうこれ以上、「とめ・はね・はらい」など漢字の細部にこだわる誤った漢字指導を続けてはならない。棚橋氏は善意からやっていることだというが、誤った信念による善意は害となる。教員が学ばなくなったら教育はお終いである。
 日本漢字学会が行った調査には、具体的に漢字を示し、そう書かれた漢字をどう採点するかという質問があった。このことについては次のブログに詳しく書きたい。

 別の話題になるが、早稲田大学教育学部の入試で出題された問題について、問題文に一部内容が使用された書籍の著者である明治大学の重田園江教授が、自らの問い合わせに説明がなかったことに納得できないと抗議した。
 2022年2月19日に行われた教育学部の入試では、国語の第1問で、重田教授の著書『フーコーの風向き―近代国家の系譜学』から出題があった。第1問には、問1~8まであり、重田教授は、このうち学部が示した問1~4までの解答例について疑義を示した。問1については、イロハニホの5つの選択肢のうち、学部は「イ」を正解としたが、大手予備校3校は「ホ」が正解とした。これに対し、重田教授は「イ」は正解の1つでありうるが、「ホ」もダメではないとし、フーコーの論調全体を考えると、「ハ」が正解とした。問題文だけを考えると「ホ」が正解だという。問2は、学部も予備校も「ハ」が正解だとし、重田教授も誤りを除く消去法を使うと「ハ」になるが、難解かつ複雑な概念のため厳密にいうと「正解なし」が正しいという。(問3、4については省略)このように著者がテストに出題された自分の文章を解いてみると、解答とあっていなかったという話は他にも聞いたことがある。一般的にも国語のテストにおいてはこういうことがいくらでもある。正解がなかったり、答えようがなかったり、正解がいくつかあったり、解答が間違っていたり、こういう国語のテストが学校では頻繁に実施されている。ある教員が「ちょっと難しい問題にしたら平均点が30点でした」と私に言ったので、問題を見てみると半分以上が間違いのテストだったということがあった。30点しか取らない生徒の方が正しいのである。それでも生徒は取った点数で評価される。正解が必ずあることを前提として、生徒はテストを受けている。問題が間違っている、答えようがないなどと考えることは生徒には許されない。ただ生徒は与えられた問題を解くだけである。
 学校で間違いだらけのテストが実施されていることなど、ほとんどの人が想像すらできないだろう。私はいつかそういう間違いだらけのテスト問題を公開したいと考えている。