より良き教育を求めて ちからのブログ

30年の高校教師の経験から学校・教師・教育について考える

月120時間超残業の教諭自殺に賠償命令

 6月10日に福井地裁は、福井県若狭町の上中中学校の新任教諭だった嶋田友生(ともお)さん(当時27歳)が、2014年に長時間過重労働で自殺したことに対し、校長の責任を認め、町と県に約6530万円の賠償を命じた。
 嶋田さんは2014年4月に採用され、学級担任や社会、体育などを担当し、野球部の副顧問として部活動の指導をしていたが、同年10月に自殺した。嶋田さんは授業の準備や部活動の指導、研修の準備、保護者の対応などで4~9月(8月を除く)、月に120時間以上の残業をしていた。裁判長は、自主的な残業だったとする被告側の主張について、「明示的な勤務命令ではないが、自主的に従事していたとは言えない」と退けた。

 給特法は教員に対し「原則として時間外勤務を命じない」と定めている。時間外勤務(残業)を校長が命じられるのは、➀校外実習や生徒の実習、②修学旅行や学校行事、③職員会議、④非常災害で緊急措置を必要とする場合(超勤4項目)に限られる。校長はそれ以外は残業を命令できないのだから、命令してはいないというのが被告側の主張である。こういうことを平気で言えるような教員しか、校長になれない。(たぶん野球部の顧問が残業の一番の原因ではないかと思うが)部活動の顧問を命じておきながら、「したくなければしなければいいだろう」、しないではおけないことを知りながらこんな矛盾することを言い、ごまかし、良心が咎めない教員しか今は校長になれないのである。命じておきながらしたくなければしなければいいなどとぬけぬけと言えるか、長時間残業を見てみぬふりをできるか(むしろ長時間残業をして当然と思えるか)、それが校長になるための踏み絵となっている。
 (学校で一番暇なのだから、校長自身が顧問をがやればいいとも思うが)確かに校長も誰かに部活動の顧問を押し付けなければならないのだから大変ではある。そうはいっても押し付けて、後は知らぬ顔をされたら教員はたまったものではない。私は野球部の顧問をさせられなかったことを、感謝している。野球部の顧問にでもなろうものなら、一年中ほぼ休みはない。土日は練習試合かそうでなければ練習。新潟県の高校では6月だったと思うが、野球部は1週間ほど合宿をする。もちろん授業はある。教員は24時間労働である。(教員は授業もちゃんとやっているというだろうが)こんなことでいい授業ができるはずもない。部活に熱心な教員も、視点を変えれば熱心な教員ではない。部活と授業を両立できるような教員はほぼいない。またそれを望むのも酷である。

 名古屋大学大学院准教授・内田良氏はこの判決を「教員の残業は自主的ではないとして学校側の責任を認めた画期的な判決。教員の働き方改革の追い風になる」と評価しているが、果たして追い風になるか。前にも書いたが文科省の本音は死なない程度に頑張ってくれということが明白である。年間1兆円にもなるという残業代を支払わずに教員を働かせている。全く残業時間を減らすための有効な対策を講じていない。文科省は夏休みの休暇のまとめどりを復活させるということであるが、こんな方策が残業時間を減らす方策になるはずがない。問題なのは夏休みではなく、学校で授業が行われている日なのである。小学校では授業内容をどんどん増やしている。教員の残業はこのままでは増えることはあっても減ることはない。
 責任を問われた校長は、「どうして俺だけ悪者にされなければならないのか。どの校長だってみんな同じことをやっているじゃないか。俺は運が悪かった」、きっとそう思っていることだろう。

 ここまでブラックになっている学校の労働環境を、小手先の方策で変えることなどできない。少々の混乱が起ころうとも、驚くほど大胆な改革が必要である。嶋田友生さんの死が無駄にならないことを願うばかりである。ご冥福を祈りたい。