より良き教育を求めて ちからのブログ

30年の高校教師の経験から学校・教師・教育について考える

英語民間試験導入見送り

 11月1日に萩生田文部科学相が、大学入学共通テストへの英語民間試験の導入について「自信を持って受験生に薦められるシステムになっていない」と述べ、2020年度は見送ると発表した。経済格差や地域格差を広げるなどの批判に対し、十分な対応策が間に合わないことを導入見送りの理由に挙げている。しかしそもそも羽藤由美京都工芸繊維大学教授によれば、英語民間試験は英検・TOEICなど8つの民間実施団体が行うが、その各試験での点数を対照表に従い統一スコアに置き換えること自体「全く科学的裏付けがない」ものなのである。(このブログの英語民間試験導入中止を求める国会請願をご覧いただきたい。)
 この英語民間試験導入見送りの流れを作ったのは、萩生田文部科学相自身の「身の丈」発言なので、これを怪我の功名と言う人がいる。柴山前文部科学相が引き続き文部科学相をやっていたら、導入し大混乱になっても全てを民間実施団体のせいにして、まず見送ることはなかったであろうから、見送りの決断は萩生田文部科学相の手柄といえば手柄である。萩生田氏は後々、私が大臣だったから英語民間試験の導入を見送る決断ができたのだ、と抜け抜けと自分の手柄と言いだしそうである。
 政治評論家・田崎史郎氏はワイドショーで、萩生田文部科学相の「身の丈」発言が、英語民間試験導入の問題点を世に知らしめたと言っているが、英語民間試験の導入には様々な問題があることは1年も2年も前から指摘されていた。それにもかかわらず、これまで1回も国会で取り上げられ、議論されることはなかった。国会議員も政治評論家も教育の問題が政局にならない限りは、関心がないのである。与党だけでなく野党も含め、国会議員の教育に対する関心が極めて低いことを物語っている。
 検討会議を立ち上げ、今後1年間かけて英語民間試験導入の見直しを議論するということであるが、導入に反対する意見を持つ学者も会議に参加させ(安倍内閣の会議では反対の考えを持つ人を会議に参加させていない)、徹底的に議論するべきである。そうすれば結論はおのずと中止となるだろう。

 英語民間試験の導入見送り決定で、次にクローズアップされているのが、大学入学共通テストへの記述式問題の導入である。「入試改革を考える会」(メンバーは大学教授ら)は、➀採点者を十分に集めることが困難、②採点の正確さや公平さに不安がある、③受験生が自己採点を正確に行うことがで容易でない、と指摘し延期を求めている。それより根本的な問題点を指摘しているのが、筑波大学附属駒場高校2年の男子生徒である。生徒は次のように言っている。

 2017年に行われた大学入学共通テストのプレテストを見て驚きました。国語の問題で資料、課題文を読ませて、80~120字で記述させる設問があります。こんな条件がつけられています。

〈一文目は「確かに」という書き出しで、具体的な根拠を二点挙げて、部活動の終了時間の延長を提案することに対する基本的な立場を示すこと。二文目は「しかし」という書き出しで、部活動の終了時間を延長するという提案がどのように判断される可能性があるか、具体的な根拠と併せて示すこと。〉

 設問条件をガチガチに固めておいて、与えられた文章、資料から必要な情報、キーワードを抜き出せるように誘導して、採点するわけです。これのどこが思考力を問う問題なのでしょう。文科省は資料を読み取り、読解力を試すと言っていますが、しょせん、ことばの抜き出しにすぎません。

 この筑波大学附属駒場高校の生徒が言っていることは、私がこのブログの大学入学共通テスト・国語について(1月26日)で述べたことと全く同じである。(私は2018年のプレテストの問題で指摘した。)萩生田文部科学相は今のところ、記述式問題の実施は予定通り行うと言っている。記述式問題を実施しても、受験生に有利不利は起きないので、このまま強引に実施してもさほど大きな混乱は起きないだろう。萩生田文部科学相は今日の衆議院予算委員会で記述式問題の導入について、「採点をしやすくしなければならない。その点の改善をまず努力させてほしい」と言っているが、採点しやすい問題にするとなれば設問に様々な条件や制限をつけ、ただ問題文から適する言葉を抜き出すだけの問題となってしまい、それでは思考力や表現力を測るために記述式問題を導入するという目的と矛盾することになる。採点しやすい問題にするというなら、今のままのマークシート方式で十分なのである。萩生田文部科学相は多分2回実施されたプレテストを解いてみたこともないだろう。解いてみてば、自身の言っていることが矛盾していることに気が付くはずである。こんな意味のない記述式問題の導入に61億円もの大金がかかるのである。これも即刻中止を発表するべきである。

 これは大学入試に関することではないが、次に問題としなければならない教育の問題が、すでに閣議決定された変形労働時間制導入である。

f:id:chikaratookamati:20191106103440j:plain             文科省事務次官(右)に署名の束を渡す西村祐二さん
 このまやかしについては、このブログ「変形労働時間制」導入は議論する価値もなし(10月1日)で述べた。この変形労働時間制は絶対に導入を許してはならない。導入すれば教職をますますブラックな労働にするだけである。岐阜県の公立高校教員・西村祐二さんと公立中学校の教員だった夫を過労で亡くした工藤祥子さんが10月28日に「一年単位の変形労働時間制」の導入撤回を求める署名33,155筆と、「給特法」の改正を求める署名38,850筆(いずれも10月26日時点)を、要望書とともに文部科学大臣に提出した。(私も署名している一人である。)この問題についても国会で野党は徹底的に追及して欲しい。

 その他にも埼玉県などの高校では土曜日も授業を実施している。こういうことも国会で採り上げて、その是非を議論するべきである。前にも書いたが、あちらの高校では土曜に授業をしているから、こちらの高校でもしなければならないとなって、競争がエスカレートし、教員は多忙になるばかりである。教育に関しては競争を促すことではなく、抑制することの方が文部科学省の役割である。

 大学入試や教育についてこんなに問題があるのに、ここに書いた問題について一つも国会で議論されていない。国会議員は教育が政局にならない限り、教育に全く関心を持っていない。野党の追及も政権にダメージを与えようとしているだけで、受験生のためを思って追及しているようには見えない。教育問題を政争の具にしているだけである。これはゆゆしき問題である。恐らく大学入試共通テストのプレテストをダウンロードして、解いてみた国会議員は一人もいないだろう。教育問題に関心を持つ議員はいないものなのか。教育は国の根幹である。議員は日頃からもっと生徒・教育関係者の思いに耳を傾けるべきである。