より良き教育を求めて ちからのブログ

30年の高校教師の経験から学校・教師・教育について考える

常用漢字表について

 現行の常用漢字表を2代目の常用漢字表だと思っている人が多いだろうが、実は大正12年昭和6年にも同じ常用漢字表という名称で官報に漢字表が公示されているので、現行の常用漢字表は4代目の常用漢字表ということになる。4つの常用漢字表は次の通りである。

1、常用漢字表・・大正12年5月9日の官報に公示された。

2、常用漢字表・・昭和6年6月3日の官報に公示されたもので、大正12年常用漢字表を修正したもの。1858字。

3、常用漢字表・・昭和56年10月1日に内閣告示されたもので、1945字。

4、常用漢字表・・平成22年11月30日に内閣告示されたもので、昭和56年の常用漢字表を改定したもの。2136字。

 大正12年常用漢字表の字数を明示しなかったが、その字数が幾つなのかが、このブログで述べたいことである。

 大正10年に文部省に設けられた臨時国語調査会(会長は森鷗外)は、大正11年11月16日の総会で常用漢字表(1963字)を決定し、翌大正12年5月1日の総会で略字表(154字)を決定した。これを文部大臣に報告し、常用漢字表大正12年5月9日の官報に、略字表を次の5月12日の官報に公示した。5月9日の官報には常用漢字表の前に、「本会は、昨年一月から数回各特別委員会を開いて常用漢字及び略字を選定し、五月二日の総会でその決定を見た。所定の常用漢字総数一九六三字(内二字は略字採用)略字数一五四字である」との説明(総会の日時が5月1日ではなく、5月2日になっている)があり、また5月12日の官報には略字表の前に、臨時国語調査会幹事・保科孝一の「決定された常用漢字及び略字について」という常用漢字表・略字表を説明した文が載っていて、そこには「「辨」「辯」が「弁」となり、「餘」「余」が「余」になるために、常用漢字の一千九百六十三字が一千九百六十一字になるわけである」と書かれている。

 この大正12年に公示された常用漢字表を修正したのが、昭和6年6月3日の官報に公示された常用漢字表(1858字)である。と言っても官報に公示されたのは大正12年常用漢字表から削る漢字147字と新たに常用漢字表に加える漢字45字で、1858字全てが示されているわけではない。臨時国語調査会幹事・保科孝一は、その公示された漢字の後に「本案は常用漢字表一千九百六十字中より百四十七字を削り、更に新に四十五字を加えたので、結局百〇二字減じて総数一千八百五十八字になった」と書いている。

 保科孝一常用漢字の数を大正12年5月12日の官報には一千九百六十一字(1961字)と書いていたのに、昭和6年6月3日の官報には一千九百六十字(1960字)と書いていて、1字数が違っている。どちらが正しいのだろうか。削る漢字が147字で、加える漢字が45字、結局102字減るのが正しいことは、昭和6年6月3日の官報を調べるとすぐに分かる。すると102字減じて1858字になるのだから、大正12年常用漢字表は1960字というのが正しいようである。

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 今野真二氏の『常用漢字の歴史』(中公新書、2015年発行)には、「この臨時国語調査会は、漢字の調査から着手し、大正十二年五月九日に、一九六三字種から成る「常用漢字表」を発表した。また同月十二日には一五四字を載せた「略字表」を発表した。「略字表」において、「辨」「辯」二字種の略字として「弁」を認め、「餘」「余」二字種の略字として「余」を認めているので、これらの略字を使うとすれば、この「常用漢字表」に載せられている字種は、一九六〇字種ということになる」(P62,P63)と書かれているが、この説明は納得できない。なぜなら「餘」と「余」が「余」になるので1字減り、「辨」と「辯」を「弁」にすると2字減って1字増えるのであるから、3字減るのではなく、2字減るだけで 、1963字引く2字で1961字のはずである。

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 納得できる説明を見つけることができなかったので、『明治以後の漢字政策』(井之口有一日本学術振興会)に掲載されている大正12年常用漢字表と照らし合わせながら、大正12年5月9日の官報に載っている常用漢字表を直接調べてみた。(官報は国立国会図書館デジタルコレクションで見ることができる。)下に官報の画像を載せるが、鮮明ではないので、直接国立国会図書館デジタルコレクションを見ていただきたい。しかし、残念ながらその国立国会図書館デジタルコレクションで見ることのできる画像も、それほど鮮明なものではない。

 大正12年5月9日の常用漢字表を掲載している部分の官報である。

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 この2枚目の右下の部分を拡大する。

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 一番右端の列の一番下の漢字と、次の列の一番上の漢字をご覧いただきたい。鮮明ではないので分かりにくいが、共に「障」に見える。
 また(魚)の列の4番目と5番目の漢字をご覧いただきたい。これも鮮明ではなく分かりにくいが共に「鯛」に見える。
 なんと大正12年5月9日の官報に公示された常用漢字表には、2か所で同じ漢字が2回掲載されいて、総字数は1964字なのである。(総字数は何度も何度も確認した。)
 1964字の内、2字が同じ漢字なので、1964字引く2字で1962字となり、さらに「辨」「辯」が「弁」となり、「餘」と「余」が「余」になるので、1962字引く2字で1960字となるのである。本当にこういう事実は、資料に直接あたって、調べてみなければ分からないことである。調べてみると、こうした面白いこと(面白いと思える人は少ないかもしれないが)に出会えることもある。

 さて、この大正12年常用漢字表であるが、凡例に「一、本表にない漢字は仮名で書く。」とあって、政府機関から発表された漢字制限案として、最初のものである。東京、大阪の20の新聞社は、紙上に常用漢字表に従って漢字制限を実行する予定であったが、関東大震災のために実施することはできなかった。