より良き教育を求めて ちからのブログ

30年の高校教師の経験から学校・教師・教育について考える

漢字の正しい採点を広めるために必要なこと

 日本漢字学会が、2021年3月~4月に実施した「漢字の書き方の指導についてのア

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ンケート集計」(日本漢字学会のホームページからダウンロードできる)と、集計結果に基づく座談会の記事「どうする?漢字の〇と✖」(日本漢字学会の機関誌『漢字之窓』第5号に掲載)から、漢字の正しい採点を広めるためには何が必要か考えてみたい。なお座談会の出席者は司会者を除いて小学校教員3人、中学・高校教員各1人の計5人である。

 まずアンケートのQ1は「テストの漢字問題で以下のような形(濃い線の部分)で書かれた解答があった場合、どのように採点しますか?またそう判断する根拠など、コメントがあればお書きください。」で、結果は次の通りである。

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 漢字の採点の選択肢に「減点」はいらない。小学校の低学年では「減点」して注意することもあり得るかもしれないが、それは漢字の指導法であって、漢字の書き取りテストでは〇と✖しかない。
 私が採点すればA✖、B✖、C〇、D〇、E✖、F〇、G〇、H〇、I〇、J✖、K✖、L〇である。以下その理由を述べる。
 Aは「常用漢字表の字体・字形に関する指針」(以下、指針)のQ44に「「士」と「土」は、単独で用いられるときには、横画の長短がしっかり書き分けられますが、「喜」、「仕」、「寺」、「荘」など、漢字の一部になっているものについては、「士」と「土」が入れ替わったような形で書かれることがあります。そのような習慣を持つ漢字については、別の漢字に見間違えられることがないので、誤りであるとまで断じることはできないでしょう。」とある。したがって指針に当てはめれば〇になる。だが指針の第2章・4・(1)・オ・※1に「構成要素として「士」と「土」について、横画の長短が問題にされないのは、漢字の右部や上部の狭い部分にはまるような場合が多い。「士」と「土」と同様に、横画の長短が字体の判別に関わるものに「末」と「未」があるが、構成要素としての「末」と「未」は、音符(漢字の音を表す部分)となっているケースが多いことなどのため、長短が入れ替わるように書かれることが少ない。」とあり、「長短が入れ替わるように書かれることが少ない」を「長短を入れ替わるように書いたら✖」と考えると、「仕」も「士」が音符になっている漢字(形声文字)であるから、「末」と「未」の基準を準用して✖にするべきである。この「仕」についてだけは指針の基準に従うことはできない。指針は論理が一貫していない。指針はQ44の「仕」を削除するべきである。詳しくは私(丸山力)のホームページ「漢字の採点基準」の「正しく採点するために1」をご覧いただきたい。
 Bは迷うが✖にする。私が判断に少し迷ったのはBだけである。指針の第2章・4・(2)・イ「右から左にはらって書くことも、横画として左から右に書くこともあるもの」には、

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「禾」(のぎへん)は例示されていないし、「千」と「干」のように右から左にはらって書くか、横画として左から右に書くかで別の字になる場合もある。それになにより「のぎへん」と呼ぶのは「ノ」と「木」と書くことからつけられた名称なので、「ノ」が逆向きになっては「のぎへん」とは言えないことから✖にする。
 右上に示した「就活応援新聞」という字の「新」をご覧いただきたい。これは新潟日報に載っていたものであるが、実に奇妙な字である。旁の上部を右から左にはらって書かずに、横画として左から右に書いている。こんな字を書く人もいるのである。
 Cを✖にする教員がいることには呆れてしまう。指針の第2章・4・(1)・アに下の横画を長く書いてもよいということが例示されているし、そう書いた方がむしろきれいな字にもなる。活字ばかり見ているので、漢字に対する美意識が変わってしまった。日ごろ書道字典などをじっくり見て、美意識を磨いておきたいものである。私のホームページの「正しく採点するために1」をご覧いただきたい。
 Dを✖にする教員がいることにも呆れてしまう。どうなっているのだろう。何も勉強していないというほかはない。常用漢字表の(付)字体についての解説・第1・2・(4)交わるか、交わらないかに関する例 に2画目と3画目が交わるか交わらないかは活字のデザイン差で字体の違いと考えなくてもよいと述べられているし、指針の第2章・4・(6)・ア・◇にも例として挙げられている。ちょっと先が突き出るか出ないかなど、どうして気になるのだろう。不思議である。
 Eは指針の第2章・3・(1)・ウに例示されている。Eのように書くと5画になってしまうが、「比」は4画である。私も教員になる前はEのように5画に書いていた。書道字典に載っている字も5画に書いているものが多い。だからもちろん書道ではEのように書いてもいいが、書き取りでは〇とすることはできない。漢検でも✖になる。
 Fは常用漢字表の(付)字体について解説・第2・2・(6)に例示されている。Fについては、新元号の発表以来、「マ」の最後を縦棒にする形が急激に広がった、と座談会で話している教員がいた。「令」についてはこのブログの「元号「令和」・・その示された字形について」(2019.4.6)に書いているのでご覧いただきたい。
 Gは指針の第2章・4・(3)・ウに例示されている。
 Hは「口」の部分が小さいということなのだろうか。小さくても「保」と分かるのだから何の問題もない。「口」の大きさに基準を設けることなどできない。その理由は私のホームページ「漢字の採点基準」の「正しく採点するために2」をご覧いただきたい。
 Iは理由を書くまでもない。この字を✖にする教員がいることは、呆れが宙返りをするし、呆れが礼に来る。
 Jについて、座談会で「「画数が違うと✖にする」という意見がたいへん多いですが、私は、画数が違ってもだいたいの形が合っていれば〇にしています」と言う教員がいた。驚きである。そうなら「果」を「田」と「木」と書いても〇にするのだろうか。「棄」の真ん中の縦画を一本に続けて書いても〇にするのだろうか。これは画数が違うようになるばかりでなく、字体が違うと考えなければならない。こんなことにさえ教員の間に共通認識が形成されていない。
 Kについては、「様」の右下の部分は「氺」(したみず)であって「水」ではない。「氺」は「水」の変形したものであるというが、〇にはできない。「様」の旧字体は「樣」で、書道字典を見ると「永」の部分を「水」に書いている字もある。書道ではそう書いてもいいが、書き取りでは認められない。
 Lは何の問題もない。
 以上が私が初めに示したように採点した理由である。残念なのは日本漢字学会が学会としてはこう考えているという採点を示していないことである。私と同じように採点結果を明示し、その根拠・理由を述べれば規範を示せるはずである。これほど教員の採点にはばらつきがあり、教員個々で正誤基準に違いがあるのだから、学会が規範を示していくことが極めて重要である。事あるごとに根拠・理由を明記して規範を示しいくことで、それが教員の目に留まれば、少しずつでも教員の意識を変えていくことにつながるはずである。そういう役割を果たすことが、日本漢字学会の大きな使命の一つであろう。

 さて、正しい採点を広めていくためには何が必要かということであるが、何より教員に「常用漢字表の字体・字形に関する指針」を勉強してもらうことである。

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 左の図はこの前のブログにも載せたが、指針の認知度である。指針を「きちんと読んで、内容を理解している」と答えた教員は小中高全体で5.5%にすぎない。小学校の教員ではそれが4.4%である。座談会では小学校教員の櫻澤氏が「私の実感では、小学校で「内容を理解している」と答えた人が4.4%というのは、かなり高いですよ。このアンケートは、この問題に関心のある先生の回答の割合が高いんじゃないかな。もっと大規模な調査をすると1%以下なんじゃないでしょうか」と言うと、これまた小学校教員の毛利田氏が「私の勤務校でも、「指針」を知っている先生はほとんどいらっしゃらないという印象です」と答えている。確かにこういうアンケートに答えるような教員は、漢字の採点という問題に関心のある教員が多いと思われる。それでこの結果なのだから、指針はほとんど読まれていないし、内容は理解されていないということになるのだろう。指針を出してもこれではどうにもならない。
 中学校教員の小金澤氏が「「きちんと読んで、内容を理解している」が5.5%、「それなりに理解している」が34.1%。温度差はあるんでしょうが、思った以上に知られていないな、という感じを受けました」と言うと、小学校教員の志賀氏が「小学校での認知度が低いのは当然かな、と私は思うんです。中学校・高校の先生は教科専門ですが、小学校の場合は全教科を教えますから……」と言い、続いて櫻澤氏が「同感です。中学校も高校も同じでしょうけど、トイレに行くひまもないんですよ。「指針」を本気で読もうとしたら、一日では読めないですよね。とてもじゃないけど、そんな時間は取れないです」と言う。(「きちんと読んで、内容を理解している」と答えた教員は、小学校4.4%、中学校4.0%、高校11.9%で、全体で5.5%である。)小学校の教員が忙しいことは分かるとしても、特に小学校低学年において漢字教育は非常に大きな位置を占めているのであるから、忙しいということ理由に、「指針」を読めないことの言い訳にするのは承知できない。帰宅してから深夜になっても、あるいは休日にでも、とことん読むべきだろう。
 しかし批判してばかりいてもしかたないから、指針を教員にも児童生徒にも理解してもらうための方策を考えなければならない。一つは小金澤氏の言うように「漢字をコラム的な扱いではなくて、より体系的な学習が可能になるように、単元化すること」だろう。各学年の教科書に、漢字の成り立ちや漢字がどんな用具で何に書かれてきたか、そしてどのように字体・書体が変化し現在の字形になったのかなどを具体的に示しながら、指針の考えを分かりやすく単元化した文章を載せ、それを必ず授業で取り上げさせるのである。そうすればいやでも教員も指針を学ばなければならなくなるし、児童生徒に指針の考えを教えなければならなくなる。これは素晴らしいアイデアである。ぜひ実現してほしいものである。
 それからもう一つ、それはこの前のブログにも書いたが、文部科学省都道府県の教育委員会が協力して、全国津々浦々で徹底して漢字の研修会を開くことである。小学校教員と中高の国語の教員に対しては詳しい内容の研修会を、それ以外の教員には大まかな内容の研修会を開催し、できれば一般の人たちにも啓発的な内容の研修会を開催するのである。これもぜひ実現してほしい。
 なぜ研修会が必要かといえば、指針をきちんと読んでいる教員が極めて少ないということが一番の理由であるが、指針を読んでいる教員でもその内容を正しく理解していないことがあるからである。前記のQ1のJについて、繰り返しになるが櫻澤氏は「J「様」の右側、縦画が貫かない形、〇が9.2%に対して80%近くが✖で、たいへん評判が悪いですね。記述部分(そう判断する根拠)を見ると、「画数が違うと✖にする」という意見がたいへん多いですが、私は、画数が違ってもだいたいの形が合っていれば〇にしています」と言っている。このJは単に画数が違うと考えるのではなく、字体が違うと考えなければならない字形である。

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指針の考えは、字形の違いが字体の違いにまで及ばないければ誤りとしないということで、だいたいの形が合っていれば〇にするということではない。もしJの縦画が離れているような「様」を〇にすれば、これも前述したが「果」を「田」と「木」と書いても〇になるし、「棄」の真ん中の縦画を一本に続けて書いても〇になる。それだけではなく「落」なら「さんずい」を大きく書いても、「達」の下の横画を二本で書いても、だいたいの形は合っているし、他の漢字と紛れることもないから〇にしなければならなくなる。こうなったら収拾がつかなくなってしまう。
 また小金澤氏は「G「保」は〇✖が拮抗していますよね。文化庁の「字体・字形に関する指針」では、どちらも許容の範囲だと明記されています」と言っているし、志賀氏も「「令」については、私は場によって使い分けている感じがします。「きちんと形を整えて書くことが大事だと指導した上で、許容範囲として〇を(ここは「〇を」ではなく「〇に」か)する」みたいなコメントがたくさんありましたが、私もそれを大事にしますね」と言っている。(小金澤氏、志賀氏だけでなく座談会に参加した他の教員の方も「許容範囲」という言葉を使っている。)小金澤氏はGの「保」を許容の範囲と言っている。(小金澤氏は「どちらも」と言っているが、右下部を「ホ」と書いたGの字のことを言っていると思われる。)志賀氏もFの「マ」と書いた「令」を許容範囲の字と言っている(と思われる)。そうすると「保」は右下部を「木」と書いたのが本来の正しい字で、「ホ」と書いた字は許容範囲の字、「令」は下部を縦棒で書いた字が本来の正しい字(きちんと整った形の字)で、「マ」と書いた字は許容範囲の字ということになる。許容範囲の字と言ってしまうと、どうしても本来の正しい形の字があり、それより一段劣るけれどまぁその形も認めましょう、という意味合いが含まれてしまい、できるなら本来の正しい形の字を書かせようということになってしまう。しかし右下部を「ホ」と書いた「保」も、下部を「マ」と書いた「令」も、右下部を「木」と書いた「保」、下部を縦棒で書いた「令」と全く同等に正しい形の字である。そこに優劣の差はない。小金澤氏は「文化庁の「字体・字形に関する指針」では、どちらも許容の範囲だと明記されています」と言っているが、指針には「許容」という表現は全く使われていない。指針の第3章のQ24には「常用漢字表は手書きの文字について、「標準」と「許容」という考え方を採用していません。それは、歴史的に様々な字形が用いられてきたことに配慮しているからです」と明記されている。例えば「保」は活字(印刷文字)では右下部が「木」になっているが、歴史的にはほとんど「ホ」と書かれてきた。右下部が「木」の「保」は活字の字形であって、活字のデザインにすぎない。右下部を「木」と書くことも、「ホ」と書くことも、どちらも同等に正しいのである。漢字の指導、漢字の採点においては、「許容」とか「許容範囲」という言葉は絶対に使ってはならない。こういう指針の考えが正しく理解されていないからこそ、研修会が必要となる。
 さらにもう一つ実施してもらいたいことがある。それは各都道府県教育委員会が高校入試の漢字の採点は「常用漢字表の字体・字形に関する指針」に沿って実施されていることを、各中学校に通知するとともに、新聞にも公表することである。座談会で櫻澤氏が「「指針」を教育現場に下ろすための何かもうワンクッションが必要だろうと思います。都道府県によっては、入試の漢字の適否は「指針」に沿った形にする、という方針が示されていると聞きます。「入試や漢検ではとめ・はね・はらいまでは問わないよ」ということをみんなが知ると、状況が変わるんじゃないでしょうか」と話しているが、すばらしい考えである。指針の第3章・Q27には「不特定多数の人が受験する入学試験や採用試験については、何らかの理由により、正誤に関して特別な判断基準を必要とし、かつ、あらかじめ採点の基準を詳細に公開できるような場合を除いて、常用漢字表の「字体についての解説」及び当指針の考え方に沿った評価が行われることを期待します」とあり、漢検は既に「字体についての解説」及び指針の考えに沿った採点をすることを公開している。大学入試についても平成22年(2010年)に常用漢字表が告示されると、各国公立私立大学長・独立行政法人大学入試センター理事長に文部科学大臣政務官通知が発出されて、「字体についての解説」及び指針の考えに沿った採点が行われている。高校入試においても漢字の採点基準は、当然常用漢字表の「字体についての解説」及び指針なのだが、それを小中の教員だけでなく、採点をする側の高校の教員の中にも知らない者がいる。日本漢字学会が実施したアンケートでも、入試での採点基準が分からないので、漢字の細部にこだわった指導をせざるを得ないという意見がいくつかあった。生徒が入試で不利にならないように、という教員の心理が誤った漢字指導につながっているのである。常用漢字表の「字体についての解説」及び「常用漢字表の字体・字形に関する指針」の考え方に沿って漢字の採点をするという通知をすることも、新聞に公開することも簡単なことである。ぜひ実行してもらいたい。