「奥の細道」築地、芭蕉の乗船地?
昨日、胎内市観光ボランティアガイドの布川拓男(ぬのかわ たくお)さんに、村上市から胎内市築地までの芭蕉「奥の細道」に関係する場所をご案内いただいた。その折に布川さんが地元の人に尋ね、聞き出した芭蕉が乗船したと推測される場所を、教えていただくことができた。
「奥の細道」の旅で、芭蕉は築地から新潟まで舟を利用している。しかしこれは海を舟で渡ったということではない。築地は海辺の村ではないし、今は陸地になっている潟や川を舟で新潟まで行っているのである。 乗船地は築地のどこなのか、知る限り、その場所を書いた本はない。私は新潟県人なので何とかその場所を知りたいと常々思っていた。
布川さんが教えてくださった場所は胎内市の彌彦神社(胎内市築地1460)の近くにある。地図で示すと赤い楕円のところがその場所である。

地図の赤い三角の地点から撮った写真で示すと紺の家の辺りである。(そこは私有地なので立ち入ることはできない。)

一段高くなっていることがお分かりいただけると思うが、ここは元禄時代には約2000haにも及ぶ広大な沼地だった塩津潟(紫雲寺潟)の縁に当たる。彌彦神社もその潟の縁に建っていた。同じく赤い三角の地点から撮った彌彦神社の向かって右側の写真が次である。


ご覧の通り彌彦神社も一段高い土地に建っている。
前述の通り、芭蕉は築地から新潟まで潟や川を通って舟で行っているが、現在はほとんどが干拓され、陸地となってその痕跡をたどることはできない。せめて乗船地だけでも知ることができればと考えていたので、その場所ではないかと推測される場所を知ることができてとても嬉しかった。なお下の写真が彌彦神社である。
